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寺江圭一朗 展 『カミサマ教』
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昨年の「For Rent! For Talent!」入選作家、
寺江圭一朗さんの個展が始まります。
(上の写真はアルティアムでのインスタレーション)

昨年は「かるい死」というタイトルの個展など、
死をテーマにした作品を主に展開していましたが、
今回のタイトルは「カミサマ教」です。
現代日本のライトな宗教観を真摯に見つめ直し、
ライトなスタンスを保ったまま「カミサマとは何か?」
という命題へと向かっていくようです。

以下、個展の概要です。

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寺江圭一朗 展 『カミサマ教』
日時:2006年8月26日(土)〜9月3日(日) 12:00〜21:00
場所:3号倉庫(福岡市中央区那の津4丁目3の12)
問い合わせ:092-716-9393
内容:
 カミサマ(本展では、仏、日本古来のカミ、他宗教の神を総称した言葉として使用)を考えることで、自分の存在の立ち位置を確認したかった。カミサマとは何か?そんなことを考える。
 日本は、いろんな宗教が入ってきていて、それが入り混じっている。だから日本人は、どれも信じていない無宗教だとよく言われる。しかし、よく考えてみれば、自然と、初詣に行くし、お盆には先祖の墓へ手を合わせに行くし、クリスマスも迎える。どれも宗教と関わっているが、私達は宗教とは思っていなく、どれも習慣や、文化の一部のような感覚でそれらを行っているのではないか。宗教の存在が、私達の生活の中に根ざし過ぎて気が付かない状態になっているような、そんな感じがする。ある国では、宗教の違いや、文化の違いで、争いが起こっている。また、日本の神の祀り方がどうのこうので、他の国がもめたりする。しかし、私達は、信仰心で行動するのではなく、自然と生活の一部にしてしまっているので、深い意味はなかったりする。深い意味があったとしても、問題にしない、そういう国民性があるような気がする。
 日本のこのようなスタイルは、宗教の行きつく先の姿だったりして、そう考えた。そうしたら、宗教戦争なんて起こらなくなって、よく分からない、他国との、いざこざが減るのだろう。そもそも、カミサマというものは、いざこざを減らすために人間が創りだしたものなような気もする。だとしたら、争いが起こるなんて、おかしな話である。そのような国では、そういう意味で、カミサマは、未だに希望の光のような存在なのかもしれない。
 日本人はカミサマを意識することがあるのだろうか、日本人の希望の光はなんなのだろうか。
by artium | 2006-08-24 19:04


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